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Natural Flow

目指したいのは、こころと体が喜ぶsimple&naturalな暮らし。ヨガや、それにまつわる日々のことを、ポツポツとつぶやいてます。松戸を中心に、アーサナ自体を瞑想的に行うスタイルでヨガクラスを開催中。赤ちゃん連れOKの子連れヨガもあります☆

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「私」って何?~印度童話より~ 

今月のテーマでもある、「私」って何?に関連して。
五蔵説の話は、ちょっととっつきにくいですよね(苦笑)
そこで、似たような話の、ある印象的な印度童話があるので要約してご紹介します。

「旅人が一軒の空き家で夜を明かそうとしていると、一匹の鬼が人間の死骸を担いでやってきます。そこにもう一匹の鬼が来て、死骸は自分のものだといい、争いになります。そこで鬼達は、旅人に判断を仰ぎました。
旅人が、最初に担いできた鬼のものだと言うと、後から来た鬼は怒って旅人の腕を引き抜き床に投げつけます。
それを見た先の鬼は、死骸の腕を持ってきて変わりに付けてくれました。後の鬼はますます怒って、もう一方の腕を引き抜くと最初の鬼は死骸の腕を取ってつけてくれる。そうやって、足、頭、胴体のすべてが入れ替わり、旅人と死骸はすっかり入れ替わってしまいます。すると、二匹の鬼は言い争うのを止めて、半分ずつその死骸を食べて去っていきました。

驚いたのは旅人です。自分の体は鬼に食べられてしまったのです。今、生きている自分はいったい本当の自分であるのかないのか。狂気の中、走ってお寺に駆け込み相談します。するとお坊さんは、「あなたの体がなくなったのは、何も今に始まったことではありません。いったい人間の「われ」というものは、いろいろの要素が集って仮にこの世に出来上がっただけのもので、愚かな人達はその「われ」に捉えられいろいろ苦しみもしますが、一度この「われ」というものが、ほんとうはどういうものなのかということがわかって見れば、そういう苦しみは一度になくなってしまうのです」」。(高倉輝「印度童話集」日本児童文庫、アルス)


 童話書としてはちょっと気味の悪い感じもしますが(笑)、
それでいて深遠で考えさせられる話です。
少なくとも、「私」という存在とは、体だけに限ったものではないということがわかるのではないでしょうか。

そして、もしほんとうの「私」がわかったのならば、苦しみは消えてしまうと言っています。
私ではないものを私だと錯覚していることが、苦しみの原因だというのですね。
この錯覚から覚めるために、自分自身をよく知り、客観視する目を鍛えていくのがヨーガだとも言えます(^^)

ちょっと分かり難い五蔵説の理解に、少しは役にたったかしら...?
なんだか、さっぱりだわぁと言う人も五つの鞘だって聞いた事あるわぁぐらいでOKです。
ヨーガは実践哲学です。頭の理解ではなく体感できると言われてますしね(ホントかな?)

でも、こんな鬼に出会いたくはないですね~。
印度童話って、ちょっと怖いっっ(笑)


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Posted on 2011/06/01 Wed. 18:01 [edit]

category: ヨガ&瞑想

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